IoTやAIなどのデジタル技術を活用して、ものづくりのDXを進める企業が増えてきています。
日本だけではなく、世界中でもスマートファクトリーが進められていますが、実現に向けてはいくつかの課題も解決しなければなりません。
本稿では、スマートファクトリーの概要から実現への課題、実際の事例を交えて解説していきます。
スマートファクトリーとは
スマートファクトリーとは、IoTやAIなどのデジタル技術やデータなどを活用して、設計から製造窓までを効率的に行い、生産性の向上を図る工場のことです。
工場内の設備をリアルタイムデータを収集することによって可視化し、収集したデータをAIで分析、実際の現場に反映することで製造ラインの効率化を目指していくのが特徴です。
スマートファクトリーが求められる背景
スマートファクトリーが求められる背景には、デジタル技術のビジネスでの活用が当たり前になってきており、ドイツの「Industrie 4.0」や日本の「スマートファクトリーロードマップ」など、製造現場におけるデジタル化が推進されていることが挙げられます。
「スマートファクトリーロードマップ」の中では、「デジタル化の進展(IoT・ビッグデータなど)、人工知能、生産技術(3Dプリンタなど)、ロボットなどの技術革新、資源の制約、消費者ニーズの変化など、ものづくりを取り巻く外部環境は、今後、大きく変化。」と述べられており、ものづくり企業は20〜30年後の未来に向けて、製造現場のデジタル化・ソフトウェア化への対応が必要と提言されています。
日本では少子高齢化による人手不足や技術者不足、変化の激しい市場でも対応できるようにスマートファクトリーの推進が求められるようになりました。
スマートファクトリー推進に必要なDXについては、以下の記事を参考にしてみてください。
スマートファクトリーのメリット
なぜスマートファクトリーを推進していくと良いのか、具体的なメリットを5つ解説していきます。
データ活用による生産性の向上
IoTやAIなどのデジタル技術を活用するスマートファクトリーでは、構築したネットワークによって製造現場のあらゆるデータを収集できます。たとえば設備の稼働状況や、人や原材料のリソースなどです。
つまり「データの可視化」が可能になります。こうしたデータを把握し、課題を分析、改善を実行すれば、作業の効率化や設備故障に伴う稼働停止の削減などの実現につながります。
商品品質の向上
「スマートファクトリーロードマップ」においても、スマート化の目的の一つに「品質の向上」が挙げられています。品質の向上のためには、「不良率の低減」「品質の安定化・ばらつきの低減」「設計品質の向上」が必要であると提言されています。
スマートファクトリーに導入する高度なシステムでは、人間が目視で確認しては見逃してしまうレベルの異常を検知することも可能です。
他にも作業工程の手順や結果をリアルタイムで収集できるものもあるため、ミスが発生しても迅速に対応ができる、データを分析してミスが起きにくい状況にするなどの対応もできます。
こうしたシステムとデータを用いた対応ができるようになり、商品品質の向上が図れます。
製造コストの削減
スマートファクトリーを実現することで、材料の在庫状況や従業員の稼働状況、生産予測などの製造コストを的確に把握できます。製造コストを的確に把握できれば、ムダなコストも把握できるようになり、生産計画や製造プロセスに反映させられます。たとえば原材料の使用料を従来よりも削減したり、設備の稼働状況を需給予測に応じて省力化するなどです。
製造コストにかかるリソースを最適化できれば、市場における企業の競争力強化にも貢献できます。
製品化・量産化のプロセス短縮
製造現場における製品化・量産化プロセスの短縮は大きな課題です。
スマートファクトリーを実現すると、設計から量産までのあらゆるデータを収集、蓄積できるため、開発から設計、量産化のプロセスの改善につなげられます。
たとえばこれまでの設計から量産までのプロセスをモデル化し、新たな製品設計を行う際にはAIによって製品の開発・設計を自動化させるなどです。
他にも仮想空間を用いた「デジタルツイン」などの技術を活用し、仮想空間上で製品プロセスのシミュレートを行うことで、効率的な生産ラインの設計などが可能になります。
人材不足の解消と技術継承の実現
製造現場で働く人材不足、さらに人手不足に伴う熟練技術者の不足も製造業の大きな課題です。
スマートファクトリーでIoTやAIを活用して一部製造プロセスを自動化するなどは、人の手を必要とすることがなくなるため、人材不足の解消につながります。
さらに熟練技術者が持つ技術を継承する際には、その動きを工場内にある複数のカメラで捉え、収集し、AIで分析が行えます。熟練技術者の動きが、どのような動きなのかをAIによって理論化できれば、自社マニュアルやデータベースとしてまとめることも可能です。
まとめたマニュアルを拠点で共有できれば、技術継承の実現にも貢献できます。
スマートファクトリー実現への課題
これからの時代を生き抜いていくためには必要なスマートファクトリーですが、実現のためには、いくつかの課題を解決する必要があります。
製造業が抱える課題について解説していきます。
コスト面や投資効果の課題
スマートファクトリーを実現するためには、IoTやAIなどの高度なデジタル技術の導入や、高負荷な通信環境でも耐えうるネットワークの構築などが必要です。
こうした環境を整えるためには、多額の導入コストが必要になります。さらに安定的に稼働させるためのランニングコストも求められます。
資金調達はもちろんのこと、費用対効果の見極めも大切な要素です。想定以上の費用が発生し、投資に見合った効果が得られなければ、推進は難しくなってしまいます。
事前に投資効果を測る指標を明確にするなどの対策が必要です。
人材の課題
スマートファクトリーのような業務のDX化は、一部門や部署が担えば良いのではなく、組織を横断して取り組むことが必要です。実現に向けては、デジタル技術の知見が深く、組織を超えた活動が行えるリーダシップを発揮できる人材が求められます。
しかし、こうした優秀な人材を確保するのは容易ではありません。
募集をかけようにも、市場内で人材の母集団が足りないことに加え、自社で育成をしようにもノウハウがない、時間がかかってしまうなどのデメリットがあります。解決策としては、ITベンダーに協力を依頼する、外部の専門家のサポートを受けながら進めていくなどが挙げられます。
データ収集・分析・活用の課題
スマートファクトリーは、高度なデジタル技術を導入することが目的ではありません。
デジタル技術を用いて、データを収集、分析、活用していくことが目的です。
さらに言えば、経営課題に合わせたものでなければ、効果を測定しにくくなってしまいます。
データを有効的に活用するためには、専門的なデジタル人材の登用は欠かせません。
さらにデータをリアルタイムで収集するためには、エッジコンピューティングのような高度なネットワークの構築が必要となるケースもあります。
セキュリティの課題
重要なデータを数多く扱うスマートファクトリーでは、セキュリティを強固にすることも重要な課題です。ネットワークへの不正侵入を防止する仕組みはもちろんのこと、マルウェア対策や脆弱性の管理、利用する人の認証などは必須と言えます。
経済産業省が提供している「令和2年度スマートファクトリーにおけるサイバーセキュリティ確保に向けた調査」によれば、スマートファクトリーで扱うデータは、以下の8分類に分けられ、それぞれのリスクについて開示しています。
データ分類 | データの窃取・改ざん等のリスク |
センサーデータ | 部分的な窃取ではフィールド内からの具体的な機密漏洩に至る可能性は低い。改ざんされた場合、情報が撹乱されるリスクはある が、正常稼働に直接影響するおそれは少ない。 |
静止画データ | 窃取された場合、フィールド内の機器や組立等の機密が(静止画情報という形で)漏洩する。 |
動画データ | 窃取された場合、フィールド内の機器や組立等の機密が(動画情報という形で)漏洩する。 |
制御コマンド | 改ざんされた場合、誤った制御情報により正常稼働できなくあるおそれがある。 |
エンジニアリング設定 | 投入するプログラムへのマルウェア混入等により正常稼働できなくあるおそれがある。 |
機器状態値 | 部分的な窃取ではフィールド内からの具体的な機密漏洩に至る可能性は低いため、リスクは比較的低い。 |
生産計画値 | 窃取された場合、生産計画という内部情報が漏洩するおそれがある。改ざんされた場合、情報の解釈を誤るおそれがある。 |
集計分析データ | 窃取された場合、(情報処理後の)非公開情報が漏洩するおそれがある。改ざんされた場合、情報の解釈を誤るおそれがある。 |
また高度なデジタル技術を扱うため、従来のセキュリティでは対応しきれない場合はゼロトラストセキュリティを導入するなど新たな投資も必要になってきます。
スマートファクトリー実現のステップ
スマートファクトリーを実現するためには、以下の3ステップで進めていくことが必要です。
- 工場内の「見える化」
- データの分析
- システム運用および改善
①工場内の「見える化」
まずは自社がスマートファクトリーを実現するための目的や方向性を明確にしたうえで、工場内の「見える化」を行なっていきます。
明確にした目的に合ったシステムを選定し、IoTなどのツールを導入していきます。
大切なことはスモールスタートで始めることです。いきなり大規模に導入してしまうと、失敗のリスクが大きくなってしまうため、優先順位を決め、部分的に導入して効果を見極めていきます。
導入した部分の設備や人の稼働状況などが適切に集まっているかなど、工場内を「見える化」させていきます。
②データの分析
収集したデータを分析、活用をしていきます。
より生産性が向上できる部分はないか、作業の自動化ができる部分はないかなどを分析し、効果的な生産体制の構築や需要予測に応じた設備の制御などを実施していきます。
③システムの運用および改善
スモールスタートした部分の効果を適切に記録し、評価を行なっていきます。
課題が出た部分はどのように改善を行い、効果が出たかなども記録しておくと最適です。
さらにスマートファクトリーによって得られた効果を従業員に共有することで、より理解を得られたり、業務へのモチベーション向上にもつながります。
スモールスタートで得た知見を基にして、より対象の業務を広げていきます。新たな対象となった業務も実施、検証、改善を繰り返すことで、より効果的なシステムへと構築させていきます。
スマートファクトリーの国内事例
スマートファクトリーを導入するハードルは高いと言えますが、国内企業でも実現をしている事例は多くなってきています。本章では、スマートファクトリーを進めた事例を3つ紹介します。
株式会社日立製作所
株式会社日立製作所では、スマート工場実証事業として「平成28年度IoT推進のための社会システム推進事業」を実施しています。
工場内の生産過程を見える化させるために、ネットワークカメラや電流センサを配置し、工場内の設備と人の稼働状況を収集。さらにこれらのデータに原材料や品質データを組み合わせました。
算出されたデータはAIで分析を行い、無駄な生産プロセスを把握し、生産ロスの改善に役立てているとしています。
TOTO株式会社滋賀工場
TOTO株式会社滋賀工場では、IoTを活用して数百項目もの工程データを収集し、クラウド上でBIツールを活用して工場の状況を分析しています。滋賀工場では製品の歩留まりの向上をスマートファクトリーの目的としており、工場内のデータ収集を開始してから半年間で過去最高の歩留まりを達成したとしています。
同社では、滋賀工場をスマートファクトリーのスモールスタートとしており、滋賀工場での知見を基にして国内の各工場でデータ活用を展開する考えです。
ダイキン工業株式会社
ダイキン工業株式会社は、世界各地に工場拠点を持つグローバル企業です。しかし、海外の工場では国内ほどの熟練技術者がいないため、技術伝承に大きな課題を持っていました。
同社では熟練技術者の動きを計測し、技能ノウハウをデータ化する取り組みをはじめました。
具体的には作業工程をデジタル化し、作業項目の評価システムの構築です。
デジタル化した工程によってデータ化されたノウハウを海外拠点にも共有し、共有されたノウハウは8つの評価項目を用いて数値化されています。海外の技術者は、共有されたノウハウがスキルになっているかを評価項目に基づいて判断され、技術継承に役立てています。
まとめ
高度なデジタル技術を用いたスマートファクトリーは、今後さらに拡大していくことが予想されます。さまざまな課題を解決し、変化の激しい市場における競争力を維持するためには、早期の取り組みは必須と言えるでしょう。
まずはスマートファクトリーで何を実現したいのかを明確にし、スモールスタートで実現を目指してみてください。
